B29-#44-69887

墜落日時    1945年5月7日
墜落位置    大分県南海部郡明治村宇藤木(現大分県佐伯市宇藤木)
所属      第313爆撃団第505爆撃群第484爆撃隊
攻撃目標    大分飛行場
墜落原因    戦闘機(第343海軍航空隊)
TAIL CODE    〇W46
機体ニックネーム    なし

搭乗員

機内配置氏名階級認識番号生死
操縦士(CAPT)GRAY, Richard A.中尉o-768673 X
副操縦士(CPLT) GRAMPLER, Edger N. 中尉o-822691 X 
爆撃手(BOMB)GUSTAVSON, Carl R.中尉o-695813 X
航法士(NAV)PTASZKCWKI, Joseph K.中尉o-698343 X
機関士(FE)ASPINALL, Robert J.曹長16009984  X
通信士(RDO)WESTMORELAND, Calen 二等軍曹16012115  X
レーダー(RDR)MYERS, Mutt C.少尉o-2076695  X
中央火器管制(CFC)EDWARDS, John C.軍曹36863105 X
右銃手(R.GUN)BINGER, Marvin L.軍曹32890220 X
左銃手(L.GUN)RIVAS, Julius R.軍曹12229116  X
尾部銃手(T.GUN)RIDDLEMOSER, Dorsey L.軍曹13137762  X
 機長のRichard A.GRAY中尉など10人が墜落死。このうち6人ほどの焼け焦げた遺体が現場付近で見つかった。墜落現場に隣接する大野郡川登村(現・臼杵市野津町)大字西神野字山ノ口に、GUSTAVSON中尉など3人がパラシュートが開かず落下、即死し、飛行服の姿のままで埋葬された。また、隣接する北海人郡南津留村(現・臼杵市)大字東神野で1人が墜落死、その後臼杵市内の見星寺に埋葬された。  Robert J.ASPINALL曹長がパラシュート降下して捕虜。佐伯を経て福岡の西部軍司令部に送られ、6月20日に福岡高等女学校校庭で処刑されたと考えられる。
 1946年5月7日 明治村 御手洗勝村長が代表になり、中ノ谷橋の墓地(Grave 1)にて慰霊祭を執行した。
 2019年11月30日 地元の歴史研究団体「佐伯歴進会」のメンバーにより「米軍機(B29)墜落の地」の碑が建てられた。同時に有志14名により慰霊祭が執り行われた。
 2020年5月7日 臼杵市 見星寺において慰霊祭が開催された。コロナウイルスの影響により参列を希望していたい遺族の来日は無く、関係者3名の慰霊祭だったが、機長の遺族、福岡で斬首されたASPINALL, Robert J.曹長の御子息など、アメリカから多くのメッセージが届けられた。
    
地元団体「佐伯歴進会」の設置した「米軍機(B29)墜落の地」の案内板

2019年11月30日 搭乗員の1人が祀られていた臼杵市「見星寺」住職によりお経が唱えられる。

亡くなった搭乗員全員の遺影が掲げられた。

戦後、多くの部品は米軍によって回収されたが、その後もたびたび部品が見つかっている。(個人所属)

参考資料等

POW研究会HP「本土空襲の墜落米軍機と捕虜飛行士」
 http://www.powresearch.jp/jp/archive/pilot/index.html
青森空襲を記録する会HP「本土空襲墜落機調査」
 http://aomorikuushuu.jpn.org/mia.html
中央評論『日本全国B29慰霊碑物語』(299号、305号)
 https://www.chuo-u.ac.jp/aboutus/communication/press/2019/02/912/
Investigation Division Report, Legal Section, GHQ/SCAP
 https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/LS.php
大分合同新聞 1970年(昭和45年) 5月8日