B29-#42-24826

墜落日時    1945年5月25日
墜落位置    埼玉県川口市安行吉藏360番地
所属      第315爆撃団第505爆撃群第483爆撃隊
攻撃目標    東京市街地
墜落原因    高射砲 
TAIL CODE    〇W28
機体ニックネーム    In the Mood

搭乗員

機内配置氏名階級認識番号生死
操縦士(CAPT)BROOKS, Alvie A. Jr.中尉o-664958 X  
副操縦士(CPLT) MONAHAN, Paul W.中尉o-826259 X
爆撃手(BOMB)FERKEL, Elmer H.少尉o-928689 X
航法士(NAV)PLITT, Charles O.中尉o-698224 X  
機関士(FE)WRIGHT, John R.曹長14023377 X  
通信士(RDO)CEUCHMAN, Charles J. Jr.二等軍曹35792116
レーダー(RDR)LEAVITT, Harold二等軍曹17161848
中央火器管制(CFC)ADRION, Halden S.技術軍曹16106080 X 
右銃手(R.GUN)LURVEY, Glidden C.軍曹14140535
左銃手(L.GUN)JENSEN, Francis F.中尉o-1663271 X
尾部銃手(T.GUN)MACGUIRE, John W.軍曹11138712
 B29は、高射砲弾を受けて片翼の一部を失い、炎に包まれて西から東へ低高度で飛行、安行村上空で大きくカーブして吉蔵新田の水田(現在の東京外環道の北側)に大音響とともに墜落、3日間燃え続けた。墜落時に、搭載していた焼夷弾が散らばり、農家1戸が全焼した。
 機長のAlvie A.BROCKS Jr.中尉など6人が機体とともに墜落死。そのうち裸の1遺体が機外に投げ出されていたが、他の5遺体は原形をとどめなかった。遺体は火葬され、遺骨は安行村大字原の密蔵院に納められ、戦後米軍が回収した。
 5人がパラシュート降下して捕虜になり、トラックで東京憲兵隊へ送られた。このうちJENSEN中尉は重度の火傷を負っており、東京憲兵隊に拘留中に苦痛による錯乱状態に陥り、治療の見込みなしとして2週間後に毒殺された。他の4人は戦後米国へ帰還。
 墜落現場付近の地主だった中山昌氏は、1956年の終戦記念日に吉蔵八幡神社に米兵の慰霊碑を建立、現存している。
慰霊碑 「祈冥福」
慰霊碑の碑文 「昭和二十年五月二十六日午前一時頃 片翼の一部を失いたるB29一機浦和の方面より飛来し草加方面に逃避せしも 再び旋回し来たり この地に墜落し全搭乗員死す 遺体を住民の人類愛により火葬とし 終戦後進駐米軍に引渡しを了せり 残骸は政府整理せしも墜落地一千坪は荒野と化したり 然るを土地所有者巨費を投じて美田に復元せり 終戦十周年を迎えるに際し碑を建て後世に伝ふ」


B-29 #42-24826 In The Mood のノーズアート

参考資料等

POW研究会HP「本土空襲の墜落米軍機と捕虜飛行士」
 http://www.powresearch.jp/jp/archive/pilot/index.html
青森空襲を記録する会HP「本土空襲墜落機調査」
 http://aomorikuushuu.jpn.org/mia.html
中央評論『日本全国B29慰霊碑物語』(299号、305号)
 https://www.chuo-u.ac.jp/aboutus/communication/press/2019/02/912/
Investigation Division Report, Legal Section, GHQ/SCAP
 https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/LS.php