B24-#42-94098

墜落日時    1945年7月26日
墜落位置    福岡県八女市上陽町上横山
所属      第314爆撃団第19爆撃群第28爆撃隊
攻撃目標 福岡県大牟田市街地
墜落原因    対空砲火    
ニックネーム       

搭乗員

機内配置氏名階級認識番号生死
操縦士(CAPT)HEWITT, James E中尉0-675216 X
副操縦士(CPLT)BELEYN, Gerald E. 准尉 T-65402 X 
航法士(NAV)APPLEBY, Charles S.准尉 T-138893 X 
爆撃手(BOMB)GOTHIS, John W.中尉 0-579500 X 
機関士(FE)THORNTON, Ben 二等軍曹18050437 X 
レーダー士(RDR)WHITELY, Wayne A. 少尉0-2076798X
通信士(RDO)ANDREW, William S. 技術軍曹39829446 X 
中央火器管制(CFC)ZANCKER, Robert J.伍長39218494 X 
銃手(GUN)STEARNS, Frederick A.伍長31375108 X 
銃手(GUN)O’BRIEN, Martin W.伍長31379756 X
銃手(GUN)SAWDYE, Robert R.伍長12241515 X
教導爆撃手NELSON, Louis W.大尉0-728034 X
 大牟田市街地爆撃後、上陽町上横山に墜落、パラシュート降下した9人のうち氏名不詳の1人は捜索の警防団員等と銃撃戦となり、2人を死傷させた後、斬殺された。残骸から発見された2遺体は火葬の後現地に埋められた。上広川に駐屯していた陸軍第84独立自動車大隊に投降した爆撃指導乗務のNelson大尉をはじめ、残り5人は27日中に身柄確保され、久留米憲兵隊を中継して、西部軍管区司令部に送致となった。さらに29日氏名不詳の2人、8月9日同1人が同じく久留米憲兵隊を経て、西部軍管区司令部に押送され、8人全員が8月15日油山で処刑された。
 2020年8月15日、地元有志らによって慰霊祭を開催している。
2020年8月5日 墜落地点における慰霊祭。 右上の小高い山(大平山)に墓標が作られた。

大平山に作られた墓標 (終戦後、米軍により撮影)

集合写真

参考資料等

POW研究会HP「本土空襲の墜落米軍機と捕虜飛行士」
 http://www.powresearch.jp/jp/archive/pilot/index.html
青森空襲を記録する会HP「本土空襲墜落機調査」
 http://aomorikuushuu.jpn.org/mia.html
Investigation Division Report, Legal Section, GHQ/SCAP
 https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/LS.php